哲学 雑学

【哲学】「永遠の命」を手に入れることは幸福か?

2026年2月26日

永遠の命。

それは漫画やアニメの世界で望みとするだけのもではなく、現実にも欲する人はいます。

人間の歴史を遡ってみても、世界中で王朝の皇帝などが「永遠の生命」を得ようと試みた事例があります。

 

では、仮の話として「永遠の命を手に入れることができた」とします。

それは果たして幸福と言えるのかを考えてみます。

 

そして、最後に哲学的なことを書きます。

可能なら最後まで読んでいただきたいと思います。

 

永遠の命の意味とは?

 

 

 

 

「永遠の命」は目的のための手段に過ぎない

まず、目的や目指すものがあるからこそ「永遠の命」を得ようと考えます。

目的もないのに厳しい希望を設定する人はまずいません。

何かしらの目的があるからこそ「永遠の命」を欲しようとします。

 

それは人によっては様々で

・今の地位や権力を未来永劫維持するため

・研究欲など通常の寿命では成し得られないものを達成するため

などそれこそ千差万別と言えるでしょう。

 

しかしいずれにしても「目的のための手段」ということに変わりはありません。

仮に永遠の命が手に入ったとしても、目的=やることがなければただいたずらに時間が過ぎる日々を過ごすのと同じです。

それは生きているとは言わず、生物としては死んでいるのと同義です

 

 

 

「永遠の命」は○○があってこそ初めて意味があるもの

そしてもう1つ、重要な要素があります。

永遠の命があってもこれがなければ「ただの苦痛」になってしまうものです。

 

それは「健康」です。

 

人としての生命機能はあるものの、生命維持装置によって生かされている病人や怪我人は世界中に山ほどいます。

今の時代、「安楽死を認めろ」と日本国内でも議論されるほどです。

どう考えても助かる見込みはないのに、病院で苦痛を和らげるための薬を投与され、ただ治ることのない病と闘う日々を送っている人は多いです。

 

つまり、「健康である」という前提があってこそ「永遠の命」が意味を成すのです。

いくら使いきれない財産があったとしても、使える身体がない状況では財産など何の意味も持ちません。

 

一国の王や大統領で遊んで暮らせる人生を何百回を送れる財産があったとしても、健康でなければ意味がありません。

だからこそ、昔の人はその財産で楽しく長く暮らすために「永遠の命」を求めたのです。

しかし、健康まで保証されるものはありません。

人間が人間である限り、必ず老いはします。

そこに「不老不死」を加えたとしても、「未来永劫に健康が保証される」というのは存在しないのです。

 

 

 

永遠の命に加えて健康があったとしてもある落とし穴

では、健康で不老不死だったとさらに条件を上げたとしても、「落とし穴」が存在します。

それは「世界情勢の変化」です。

 

仮に自分が健康で永遠に生きられたとしても、周囲の変化は避けられません。

必ず世界情勢は変化し、自身もそれに適応する必要があります。

 

ここで、自身に敵対する勢力が出てきたらどうでしょうか?

無尽蔵に等しい財産があっても、周囲の人を完全に囲い込むのは無理です。

何千年も前の人間の有史以来、下剋上や謀反は付き物です。

 

仮に捕らわれの身になってしまったらどうでしょう。

死ねないまま一生捕らわれの身となったら?

 

そうなのです。

①永遠の命

②健康

③無尽蔵の財産

があったとしても幸福は保証されないのです。

 

 

 

漫画に学ぶ「永遠の命」

漫画の1つ「MÄR - Märchen Awakens Romance」(安西信行)のアニメに以下の描写があります(個人的に安西先生の漫画が大好きです)。

アニメでの描写は最終盤に当たる部分です。

 

 

【英語版】

Humans are weak.

Plus, humans have too transient of a life when seeking perfection.

Eternity is amazing.

I will gain an eternal life and improve forever.

And I will become a perfect existence.

You understand me ,don't you?

 

 

Yes, humans may be weak.

Our lives are transient as well.

That's why humans love one another, to make new life to carry dreams forward.

Leaving opportunities for the next generation.

 

That's only a delusion.

 

You're such a sad person.

Even if you had an infinite amount of time, you will only be who you already are, Phantom.

 

 

【日本語版】

人間は弱い。

それは完璧を求めるにはあまりに儚い命しか持っていないからさ。

永遠は素晴らしいよ。

僕は永遠の命を使い、無限に成長し続ける。

そして、完璧な存在になるんだ。

分かってくれるだろう?

 

 

確かに人間は弱いかもしれない。

その命も儚いわ。

だから人は愛し合い、新しい命を紡ぎ、そして夢を託す。

次の世代に、新しい可能性を。

 

 

それは妄想だよ。

 

 

悲しい人ね。

たとえ永遠の時間が与えられたとしても、あなたはあなたなのよ、ファントム。

 

 

 

この漫画ではファントムという人物はゾンビタトゥーの効果で不死の存在になっています。

永遠の命があれば無限に成長をし続けられ、いずれは完璧な存在なれると信じていたようですが、それこそが妄想であることを悟ります。

(第1回のウォーゲームでダンナに敗北、第2回のウォーゲームでも夢を継いだダンナの息子であるギンタに敗北)

無限の時間を得たとしても自分という器そのものの限界に気づかなかった、結局は自分の考えが指摘された通り妄想そのものだったという考えに至ります。

 

 

 

自分が考える生命観

ここからは自分の意見になりますが、「限られた時間がある」からこそ、幸福を感じられるのです。

不幸な時もあるのが理性を持つ人間という生物です。

代わり映えのない日々を送るのは死んでいるのも同然です。

 

人間の寿命は限られています。

いえ、生物というものは必ず死が訪れるものです。

 

ただ、生物というものは「次世代に生命を託す」ことが生物本来の本能というものと考えます。

一方で他の生物と人間にある大きな違いがあります。

 

それは「限られた時間で何を成すか」です。

生きている間に自分が生きた証を残す。

それこそが人間が生きるという意味だと考えます。

 

自分には価値がない。

生きている意味があるのか。

そう考える人も多くいるでしょう。

 

しかし哲学的な考えかと思いますが、この世界に生まれた以上は何かしらの意味があるのだと思います。

その意味が何かは他人はおろか自分でも気づくのは困難でしょう。

生きる意味を探し、その意味を理解して生きる

それこそが「生きる」ということではないのでしょうか。

 

悲しいことに、自分にはその「生きる意味」が未だに分からず、迷走した日々を過ごしています。

目的があって生きている人は素晴らしいと思います。

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